先日行ったふるいちにフライヤーが置いてあって知ったのですが、閉展間近という事もあり何も考えずに行ったのですが…
美術館に行くときはちゃんとした格好をしていこう。
割と暖かい日なのにダウンコートをぴっちり閉じて回ることになりました。
かれこれ20年前のお話ですが、ゲームボーイ発売以来任天堂が守ってきたポータブルゲーム機ソフト年間販売数1位の記録が破られたのですよ、モンハンポータブル2に。で、その敗れた任天堂販売のソフトの開発に関わっていたのですよねえ…
いや、あれは勝てないし、あの年の任天堂の携帯ゲーム販売数1位はマリオパーティだし(クリスマス商戦のソフトは集計の関係で年間販売数では伸びない)。懐かしい記憶です。
当初、甥っ子にゲームの作り方を教えると言いつつここ20年でどれだけ変わったかは把握してないな…と思って、現在のゲームを観ようと思ったのですが…新作のバイオハザード系の体験展示はあったのですが、やたら並ぶのでパス。それ以外はほぼ、懐ゲー系だったのですぐに過去を懐かしむという観かたに切り替えました。
唯一やった体験型は波動拳のコマンド入力ですかね。ゲーセンに通い始めたのが30年以上前。今でも「ぶっ刺し」でレバー持ってコマンド入力はできますね。
リオレウスの骨格図解
案外生物的にちゃんとしている…と思いきや尻尾のとげが割と投げやりです。
あと、美術解剖を齧った昨今だとこんな骨盤でこの全重量を支えるのは無理だろうと思いますね。ちょっと調べた限り、恐竜の竜盤類に近いのですが腸骨が小さすぎます。この巨体を支える足ですからもっと大きく無いと無理だと思います。案外体重が滅茶苦茶軽いという可能性もあるのかもしれませんが。
アイルー
仮名称はネコゴブリン(ちなみにリオレウスはワイバーンでした)。そのまんまだったら今ほど売れていなかったでしょうね。というか、本来はファンタジー物にする予定だったんでしょうか?他のゲームの企画書と比べて、モンハンの資料は異常に綺麗に書かれているので企画がグラフィック出身の方なのかもしれませんが、資料集用に「余所行き」に書いているのかもしれません。
親の顔より観た
ゲーセンに貼ってあるポスター。高校時代は毎日見ましたね。
北米版
はい、一部で有名だったので知ってはいたのですが、実物を拝むことができました。
ロックユー!とか言いそうなハガー市長
どう見てもパニックホラーにしか見えないスト2
ネタが尽きないメガマン(ロックマン)
私はやらなかったのですが、フェイシャルキャプチャー
要するに Vtuber と同じです。性別とかも関係無いようなので、顔の主要点の移動を算出しているようですね。それにしてもこんな小型装置で可能になるとは。
ちなみにモーションキャプチャーの体験展示もありましたがむちゃくちゃ並んでいたのでやめました。
スト6のモデリングが出てましたが…
スカルプトで筋肉や血管作ってましたが、ゲームで実際に使っているのでしょうか?カットイン専用?ちなみにゲーム用と思われるモデルは中心から同サイズの格子でセグメントを切っていました。
テクスチャを貼る場合はセグメントの大きさが同じ場合、解像度が均質になるので良いとは思うのですが…リギングはどうなるんだろう?
やっぱりあると思った人体解剖図解
しかもこれスプライトデッサンと書かれているので、2Dゲーム時代に使われていた社内資料の様です。
恐らく女性版もあると思われますが、ヌードデッサンなので展示しなかったんでしょうね。
さておき、90年代のカプコンは格闘ゲームとベルトアクションゲームの覇者です。
マッチョが描けなければ仕事になりません。ぶっちゃけた話、この資料が公式ショップで売られていたら普通に買っていましたね。
半透明が出来なかった時代の半透明表現
ヨガフレイムの高速点滅表示や、市松模様に透明/不透明をタイリングしたスプライト表現などが並びましたが…
はい、コレ(上のウォーザードの剣)はブルーフェードとか言われていた奴ですね。
今世紀のパソコンでは既に忘れられているパレットカラーのグラフィックを使った技術です。
例えば、カラーパレットの0~7(00000000b~00000111b)を青から段々と白のグラデーションになるようにパレットを作ります。
同様に他のパレットもパレット番号を8で割り切れる数から開始して7段階に段々と明るくなるようにパレットを作ります。
で、このブルーフェードをかけたい画素を論理演算で n AND 7 としてやればブルーフェードがかかります(勿論4段階グラデなら 3、16段階グラデなら 15 等に置き換えます)。
もはやロストテクノロジーですし、今の絵かきさんだと理屈が判らないという方も居るんじゃないでしょうか?
ロックマンのスプライト
8x8スプライトを10個使ってたんですね。この画を見て贅沢なスプライトの使い方しているな…と思った人間はどれくらい居るのやら。
流石に現役ゲーム屋時代でも一番古い機種はゲームボーイカラーでしたが、中学時代はMSX-FANの投稿者でしたので…
スプライト10個を1キャラクターに集中と聴くと多いなあと思うのですよ。
ちなみにパレットの使い方は真逆でカツカツです。1スプライトで使える色は4色で、尚且つ透明色も1色と数えられます。
それでいて縁取り用に黒を1色入れているので実質2色。当時のドッターさんは苦労したんでしょうね。
背景
ここの展示は、方眼紙に書いた背景が展示されていたのですが…
そう言えばゲームプログラマー時代の師匠から聞いた事がありましたよ、碌なグラフィックツールが無い時代は1ドットずつキーボードでドットを打っていたって。
その後、マクロを使ってゲームパットでキー入力ができるようになって、レバー操作で書き込むドットの位置を決めて、ボタンで色を1ドットずつ入れていくという作業になったとか。
恐ろしい時代もあったものです。
島津英雄
はい、ジャスティス学園の英雄先生。開発したのはカプコンでは無く外注だったハズですが。さておき、当時のゲーメストに「うちの学校の英雄先生」みたいなコーナーが立ち上がりまして、当時ゲーセン雑誌に学校の先生の写真が晒されるというシュールな光景がありました。他人の顔をネットに晒す事すら禁忌とされる昨今、時代は変わったモノです。
正直人込みを避けたので(その割に土曜に行ったのだが)駆け足になってしまったのですが結構楽しめる内容でした。もうちょい技術部分は見せて欲しかったかなあ…とは思いましたが、昔を思い出せて良かったです。





















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